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舞台「イシノマキにいた時間」を観た

3年が経った日。仙台は晴れているのに風が冷たく
小雪のちらつく寒い一日になりました。
あの日も雪が降った。寒かった。暗かった。不安だった。。。
そんなことをあらためて思い起こした人も多かったのではないでしょうか。
もう3年なのか、まだ3年なのか。
・・・と思う、3.11。

いろんな方のblogやFaceBookなどの書き込みを読んでは「その通りだ!」と共感し、
また別の記事を読んでは「私の考えとは違う!!」と思ったり。
何かを記しておきたいと思いながら、その文面を自ら読み返し、どこかそらぞらしく思えて
書いては直し、書いては消してを繰り返しているうちに
結局なにも書き上げることができず、今日になってしまいました。我ながら情けない・・。

3月11日が特別な日であること、特別な日になってしまったことは事実です。
節目だからこその日だと思う気持ちもあるけれど
被災したある方が、この日のTVや新聞をみるのが辛いと話していた、その気持ちもわかる気がする。
そんなあれこれを考えると、ありきたりな言葉を連ねることができなくなってしまいました。
ヘタレです。自分。

当日は、急遽「イシノマキにいた時間」の昼公演を鑑賞することに。
演者は3人だけで舞台セットは極めてチープ(失礼)なものだったけれど、その内容は秀逸でした。
DSC_1262.jpg あれー、何回やってもまた横になるのはなぜ?><

登場する3人とは、①石巻で活動する小さなボランティア団体のリーダーと ②継続して活動するその片腕
③都会からリピート参加のボラ=“カムバック組”と呼ばれるひとりのデブ。3人ともオッサン(失礼2)。

震災がテーマだからシリアスな舞台と思いきや、お笑い的セリフ回しやアヤシイ動きがこれでもか!と盛り込まれ
小ネタにクスリとさせられたりドカンと笑わせられたり。
ボランティアの悩みや葛藤、被災した人たちに対する思いと関わり方のジレンマなども
リアルに描かれていたので、多少なりともボラ活動に関わったことのある人なら
「あるある!」と共感する部分も多かったのでは?

個人的には、被災地の現実を知らない人にありがちな発言、態度、誤解、関心の薄さに対して
ボラその②が激しく怒っているシーンが印象に残りました。心からの叫び、訴えという感じで。
ニュースやドキュメンタリー等では、どうしてもその人の遠慮や躊躇が入って本意がぼやけがちだけど、
思いっきりストレートに気持ちをぶつけて表現できるのは、舞台という手法だからこそですね。

笑いすぎて鼻水が垂れた~と思ったら、流れてくる元は目尻だったことに自分でもビックリ。
喜怒哀楽+α、普段は隠れているいろんな感情を掘り起こされた気がします。
被災地の「今」を感じたくても、なかなか感じることができないという人は多いはず(私も含め)。

ストーリーは2011年11月頃の設定になっていますが、その時点での「今」を知ることもまた
3年という月日が経過した被災地の「今」を知るひとつの手だてではあります。
もともとは短期上演の予定だったにもかかわらず、今なお全国行脚(っていう?)を継続しているのは
それが私たちのハートに響いているという何よりの証拠でしょう。
この舞台が発信しようとしている真実、現実を広く知って欲しい。機会があれば観ていただきたいと思いマス。
(※ninoさん、チケットありがとうございました☆ )


その帰路、キャンドルナイト@勾当台公園に遭遇。
地面に大きな「しあわせ」の文字を浮かび上がらせているのは、一人ひとりの「しあわせ」が描かれた紙コップ。
いっちょ私も書くか! とブースに入ったら、とっくに締め切られてたのは残念~(;;)
DSC_1264.jpg

各地で追悼行事や復興イベントが開催されていたこの日。
祈りは天まで届いたでしょうか。
誰もが「しあわせ」と思う日が、少しでも早く戻ってきますように。
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[ 2014/03/13 00:46 ] 東日本大震災 | TB(0) | CM(9)

震災から3度目の夏

まずは、訪れることなのだ。
・・・と思う、今日この頃。

千葉在住の知人親子が、秋田への里帰り途中に仙台に一泊していきました。
いつもは新幹線で通り過ぎるばかりだったけれども、高校生になった息子に「被災地の今」を
見せたいというのです。そりゃ是非に! 二つ返事で案内を買って出たのであります。

ご希望は、一年前にも訪れた石巻界隈。どれくらい復興が進んだのか見たかったのでしょう。
東日本大震災の被害はあまりにも広範囲で、地域それぞれに状況が違うために
復興のスピードにも差が生じていることは否めません。変化を感じるには、定点観測も必要ですね。

朝8時半にホテルで二人をピックアップし、三陸道で石巻へ。
日和山~石ノ森萬画館~まちなか復興マルシェ~女川~雄勝~大川小を訪れ、さらに北上して
南三陸町まで足を伸ばしました。


復活オープンした石ノ森萬画館。
DSC_0186.jpg

1号と。
DSC_0184.jpg

修復工事中のサンファンバウティスタ号。建物は閉館中。
DSC_0187.jpg

旧女川町内。三階建てコンクリート造のビルが転がったままでした。
訴訟に発展した七十七銀行女川支店のすぐ近くのハズですが・・・。
マリンパル女川も既に解体されていて、どこにあったかさえ特定できません。町が消えてる。
DSC_0189.jpg

旧雄勝町に入りました。ココも、かつての風景が想像できないほど何もない。
DSC_0200.jpg

と思ったら、誰かのblogで見た記憶のある蕎麦やの名前を発見。「てらっぱだげ」。
DSC_0198.jpg

暑さで食傷気味の息子クンも、蕎麦なら食べれるというので入店しました。
ボランティアの方と一緒にご主人が手作りしたという、ログハウス風の店内。
DSC_0197.jpg

藪と更級の二色ざる。蕎麦は外二で打ってるそうです。ごちそうさまでした。
DSC_0191.jpg

旧河北町の大川小学校。校庭に避難した児童108名中74名が死亡・行方不明となった悲劇の現場。
DSC_0202.jpg

慰霊碑のある天使の像の前では、写真撮影を遠慮する立て札がありましたので、遠目から。
DSC_0203.jpg

関東ナンバーの車や、修学旅行らしき団体など大勢が訪れていました。
DSC_0204.jpg

時間に余裕があったので、南三陸町まで遠征。
旧志津川駅のホーム(だった場所)からの風景。左手に見える鉄骨が、例の防災庁舎です。
土台だけになった町は、夏草が生い茂るばかりで、新しい建造物は未だ増えておりません。
DSC_0205.jpg

私には毎度おなじみの、南三陸さんさん商店街で海産物と地酒をお買いアゲ。
前回はキラキラウニ丼を食べたのですが、今日はおやつタイムにつきアイスだけ^^; 
DSC_0209.jpg

これは商店街に設置されたモアイ像。以前のモアイ像が津波で倒壊し、新たにチリから贈られました。
なんでもコレ、本物のイースター島の石を削って造られているんだそうです@@
DSC_0208.jpg

本来、モアイは島外持ち出し禁止で、以前贈られた像はチリ本土の石を使っていたらしい。
イースター島以外で見られる本物のモアイ、しかも「目」が入ってるのは珍しいようです。
モアイの「モ」は未来、「アイ」は生きる、すなわち「未来に生きる」という意味との事。初めて知りました。


被災したガレキや建物の撤去は着々と進んでいます。
それだけ震災のダメージをダイレクトに伝えるものも、だんだん減りつつある。
震災遺構としての保存か、被災者の心情に配慮した撤去か、あちこちで難しい判断がせまられていますが
個人的にはすべて無くして欲しくはありません。

それは、被災した方たちにとっては、ものすごく辛いことかもしれない。
けれども、何もなくなってしまったら、そこで起こった悲劇を伝えることはとても難しいのです。
今回も、「津波がこう押し寄せて・・」とか「以前はこうだった・・」と説明してはみたけれど
初めて訪れた息子クンにとってはピンと来ないことも多かったでしょう。でも
大川小学校や、南三陸町の防災庁舎を目にした時は、彼の表情や私への質問の仕方は違っていました。

今を生きている私たちですら、そうなのです。
未来に生きる子ども達や、そのまた子ども達に「伝える」ためには、なおさら
震災遺構としての保存の必要性があるのではないか。そんな事を改めて感じた一日でした。

ビーンズさん、息子クン、来てくれてありがとう。暑い中、お疲れ様でした!
被災地はまだまだ復興途上です。また来て、見て、食べて、買って、遊んでってくださいね。
[ 2013/08/15 10:05 ] 東日本大震災 | TB(0) | CM(5)

被災地からの声

おそらく今日は各局、特番だらけなのでしょうね。
この日だからこそ取り上げて放送すべきこともあるのはわかるけど、
この日ばかりと有名人が被災地にやってきて中継するのって、異和感。
・・・と思う、3月11日。

震災以降、なるべく見るようにしている番組があります。
毎週木曜の昼過ぎに放送されているNHK仙台「被災地からの声」。 
担当しているのは自身も被災者である、石巻出身の津田アナウンサー。

新しい画像

被災地に暮らす人、被災地を離れざるを得なかった人、津田アナ自身が現地を訪れ
出会った人たちの想いを丁寧に汲み取り、気持ちに寄り添いながら、各地の今を伝える番組。
「被災地からの声」は、スケッチブックに自分が今一番伝えたいことを書いてもらい
その人自身の声としてカメラに向かって語りかけるというスタイルで構成されています。
(取材した人すべての声を放送していることは、後になってから知りました)

この番組の中で津田アナは、常に&完全に被災者サイドに立った発言をしています。
時には「え? NHKがそんな事いっていいの?」と思うくらい
国や行政などに苦言を呈することだってある。
言いたくてもハッキリと口にはできない(または口にしづらい)被災者の胸の内を
代弁するのが使命であるかのように、あえてダイレクトないい方をしているだと察します。

日本国中で「がんばろう」「がんばって」が氾濫していた時、彼がズバッと断言した
「がんばれる人だけ、がんばればいい」・・などのフレーズも、ちょいと話題になりました。
その言葉のおかげで心の負担が軽くなったり、自分だけではないと救われた人もいるはず。

キャスターとしての姿は、いつも淡々としていて、表情もクール。
けれども被災した側の人間でもある彼の発する言葉は、一言一句がズシンと胸に迫ります。
被害状況を実際に体感し、出会った一人一人の苦しみや怒りや悩みと
何時間も(何日も?)直接向き合ったキャスターでなければ
あんなに気持ちの入ったコメントはできないでしょう。

残念ながら「被災地からの声」は、東北六県だけでしか放送されていません。
時間と共に、現地が直面している悩みや、被災した人たちの苦しみは変化していく。
だからこそ、その日その時の現状を、ストレートに伝える番組は貴重です。
3.11当日が特番だらけになることをどうのこうの言うつもりはないけれど
こういう番組こそ、継続的に、全国放送すべきだ!! と大きな声でいいたい!!

忘れません、と宣言したって人間とは忘れる生き物。
忘れないでいたい、と思い続けることが大事だと思います。
少なくとも私にとってこの番組は、週に一度の短い時間ではあるけれども
あの日の巨大地震と大津波、そして原発事故が引き起こした現実を
あらためてココロに刻むスイッチのようなもの。
「被災地からの声」が、「復興を果たした地からの声」になるまで放送し続けて欲しいものです。

・・・・・・・・・・・・

去年もそうでしたが、3月11日が近づくと胸がザワザワします。
ほとんど被害らしい被害などなかったくせに、そんな気持ちになる自分が情けないけど
これもまあ更年期障害の一種でしょうかね?

さて、みなさんは今日という日をどのように過ごすのでしょうか。
私は「311星空プロジェクト」に賛同して、今夜1時間だけ、電気を消して祈ります。

(以下、公式サイトより部分抜粋)

あの夜から数日、あかりのない日々が続きました。
その時、たしかに感じたことがありました。
かなしみの中で得たひとのやさしさ。
ようやく戻ってきた家族や大事な人と会えた時の喜び。
ふれあった手のぬくもりが、安心感となることを。
ローソクのわずかな光の中で交わしたことばが、癒やしとなることを。
家族の笑顔が勇気となることを。

そして、やっとあかりが復旧しました。
そこで、初めてその震災の大きさを知りました。
そして、全国や、全世界の人々が、泣いてくれていたこと、
祈ってくれていたことを知りました。

あかりは、夜の闇の中でも、手元や、部屋や、街を明るく照らしてくれます。
お陰で私たちは、昼間と遜色なく生活を送ることができていました。
しかし、その強い光は、“本来見えるはずのものを見えなくしてしまっている”
ことでもあることを気づかせてくれました。

被災した私たちは、復興途上で、
以前の生活を取り戻すにはまだまだという状況ですが、
この震災で気づいたことを発信することはできるはずです。
犠牲になられた多くの方々への鎮魂の思いと、
未来につなげるメッセージを、
誰もが参加できる形で発信していきたいと思います。

[ 2013/03/11 06:00 ] 東日本大震災 | TB(0) | CM(12)

バベルの塔

いろんな意見があってもいい。だけど、冷静になってください。
・・・と思う、今日この頃。

今日、石巻の瓦礫を北九州市で試験焼却するというニュースを見ていて目を疑った。
ヒステリックに阻止しようとする市民と、それを制圧しようとする大量の警察官。

「なにこれ・・」

被災地には今もまだ山積みのガレキが何カ所にもあることを、知らないのだろうか。
毎日毎日それを見る人の辛い気持ちが、わからないのだろうか。
処理しきれないからお願いしているのに、自分さえよければいいのだろうか。

「絆ってなんだったの?」

同じ東北、同じ宮城県でも、被害の大きかった沿岸部とそうでない地域との間に
温度差があることは否めない。理解したくても到底理解しうるものではない、とも思う。
けれど、誰もが同じベクトルに向かって心を一つにしている! と信じていた。

ところが今日みたニュース。全く期待を裏切るものだった。

西日本ではじめて受け入れを表明してくれた北九州市に、感謝こそすれ
落胆させられることになろうとは・・・。怒りよりも、悔しさで一杯になる。

「他人事なんだな」

試験燃焼の結果が問題なかったとしても、反対者はきっとどこまでも反対するのだろう。
己の身を、家族を、地域を守ろうと心配してなにが悪いのだ、と開き直るだろう。


私は聖書を読むような人間ではないけれど
「バベルの塔」の話を思い出した。

・・・・・・・・・・・・・・・

ノアの洪水のときまで、人間はみんな同じ言葉を話していた。

その後、技術が進歩した人間たちは、技術の象徴として天まで届く高い塔をたてようと企てる。

ごうまんで愚かな人間の目論見を知った神は、怒りのあまり制裁を加える。

それは、人間の言葉を混乱(バラル)させることだった。

世界各国にさまざまな言語が存在するのは、そのためである、、というお話。

・・・・・・・・・・・・・・・・

もはや同じ日本に暮らす人間同士でも、言葉は伝わらなくなってしまった。

願わくば、もっと冷静にいまの状況を判断して欲しい。
反対しているみなさんも、自分が正しいことをしているという自負があるなら
せめてサングラスやマスクは外して顔を出したらどうでしょ? お願いします。

CIMG0358.jpg
2012.5.20@南三陸町
[ 2012/05/23 21:12 ] 東日本大震災 | TB(0) | CM(16)

ダメエ~~

なんだか地震が多いですね・・(TヘTo)
去年の今ごろは、まだまだ緊張してたっけ。
お酒を呑む気にもならなかったし、呑んでも酔えなかったような。
・・・と思い出す、今日この頃。

みなさん、節電・節水つづけてますか??
震災後に表明した「しません宣言」、私は今も続けています。

例えば、節水。一人暮らしだから出来る、といえばそれまでですが
トイレの溜め流しはもう習慣化しています。
大の時はさすがにすぐ流すけど、小は1回じゃ流しません。
毎日が当たり前だった入浴も、一週間に一度のペースでパス。
洗濯のすすぎ回数も設定変更して減らしたけど、洗い上がりになんの問題もありません。

節電は心がけているものの、反省点多し。仕事がたて込むと、夜中まで電気使っちゃう。
それでも「これじゃいかん」と思うことが当たり前になっただけ、以前より進歩かなあ。
ホントは早寝早起きして、計画的に仕事をこなすのが一番の節電なんだけど(汗)


計画的でない性格、いい歳こいて直ってませんで
ちょいと仕事に追われています。落ち着いたら、また更新しまーす^^


<おまけ>

節電・節水、続けなくちゃ駄目エエエ~~
オシゴトは、〆切り守らにゃなるメエエ~~

CIMG9277.jpg
東北大学農学部にて♪)








[ 2012/03/16 15:16 ] 東日本大震災 | TB(0) | CM(6)


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