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どんなに忙しくったって、命より大切な用事なんかないのだ

気づいたら、最後に健診を受けてから2年以上経過してました。
肝臓は頑丈だけど胃腸は虚弱だし、もうイイ年齢だし、ちゃんとチェックしとかにゃ。
・・・と改めて思う、今日この頃。


先月の初め、所用で東京に出かけた際に、闘病中の知人の病室を訪ねました。
友人といっていいのかな。サークルの先輩。いや、先輩だけど、うん。やっぱり友だちです。
突然の入院を知らされたのは10月始めのこと。
直前まで当たり前のように仕事に出かけ、9月の連休には愛妻Tちゃんと温泉旅行していた彼が
入院ときいても、盲腸にでもなったのかしら? という程度に思ってた。
それが、予想だにしなかった深刻な状況であることに
ナンデ? ドウシテ? アナタガソンナコトニ? と一瞬、脳が思考停止。
ショックというより、混乱して理解するまで時間がかかった、という感じ。

すぐにでもお見舞いに行きたいけれど、それが良いことなのかどうかもわからなかった。
仙台からわざわざ来たの? と、負担に思われるのも本意ではないし・・・。でも。

「差し入れしてくれるなら、食い物の本がいい。anegoが見て、美味しそうだと思う
料理写真が載ってる雑誌をお願い。いま、何も食えないからサ、写真みて楽しむよ~~」
だなんて本人からメールが。ナニソレ、予想外の反応なんですけど! 
グルメな先輩にとって、食べ物どころか水さえ飲めない状態は、さぞ辛いことのはず。
呑み食いの話題なんて、最も触れてはいけないのだろうと思っていたのに、
いやいや、それ以前の問題として、お見舞いできる状態じゃなかった…と迷っていたのに、
そんな私の浅はかな気遣いを見事にスカーッと裏切ってくれちゃって。やるなあ、先輩。

十年近くも直接会う機会はなかったにも関わらず、あまり“久しぶり感”はありませんでした。
病室のベッドに横たわったままの彼との再会は、シチュエーションでいったらかなり特殊なはずで
がっしりと大柄だった体格も、すっかり変わってしまっていたけれど
それなのに自分でも不思議なくらい普通に、「あの頃」のまま会話が弾んだのが嬉しかったですねえ。

「休講になった」「暇だ~」と、なにかにつけて皆で彼のアパートに押しかけて、
安酒で宴会したり新作のドラクエ(天空の花嫁が懐かしい~)に夢中になったあの頃。
いわゆる仲間同士の“溜まり場”ですね。比較的アパートがご近所だった私は
同居していた妹共々お世話になったというか、可愛がってもらったもんです。
濃密な時間を過ごした若い時分の人間関係は、月日が過ぎても色褪せないというか
むしろ歳を重ねる毎に、その頃の思い出が輝いてくるのかもしれません。

闘病中の彼を支える奥様Tちゃんもまた、同じサークルの後輩だもんですから、
次から次へと懐かしい話題が飛び出して、はなしが尽きないったらありゃしない。
「◎◎センパイって、今、支店長になったんだって」「え~~!」みたいな。
これじゃお見舞いじゃなく、同窓会だわ(笑)

病人相手に長時間話し込んで、疲れさせてしまったんじゃないかと心配したけど
病室にやってきたドクターから「楽しそうでいいですね。免疫力があがりますよ!」
と言われて、ホッ。胸をなで下ろした私たちなのでした。

そして先輩ときたら、ベッドから起き上がることもできないのに、声はか細いのに
旅先で出会った料理やら大好きな築地の話しを自らバンバン振ってくる。
とてもとても点滴だけで栄養摂取している人とは思えません。
「寿司とか肉より、いまは“ソース味”が恋しいんだよな。焼きそば、食いてえ」ときたもんだ。
さすが、食いしん坊。病気をやっつける特効薬は、もしかしたら食い意地なのかもしれないね。

↓ お見舞い帰りに、花の東京で花とビール。
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あくまでも明るく、元気になることだけ考えて、前向きに生きようとしている本人の姿に
少しだけ気持ちが軽くなって、帰仙した私でありました。
その後には、ある手術が予定されていて、うまくいけば食べ物を口に入れることができるかも?と
本人もTちゃんも期待していた。どうなったかしらと気になりつつ、直接は訊けずにいたところ
先月下旬、お見舞にいった別の友人をから嬉しいメールが。

「まだICUだけど、飲み物やプリンは食えるらしいぞ。水が一番おいしいってさ」
やったー!!! よっしゃ、次に会いに行くときの差し入れ決定だ。
グルメの先輩が唸るおいしいプリンかゼリーを持っていかねば~!!!



・・・と張りきっていたのに。



その翌日、訃報が届いた。 
入院からたった2ヶ月。
こんなにさっさと逝っちゃうなんて、先輩の馬鹿ちん。

悲しくて、切なくて、苦しくて、寂しくて、辛いけど、もう泣いてないからね。
もう一度会いに行くつもりだったのに、それができなくなったのは残念だけど
会いに行かなければもっと後悔していたでしょう。あの日、会ってくれてありがとうございました。


ソース焼きそば、食べずに旅立ってしまった先輩のかわりに
今日は私が焼きそばランチ。
DVC00125_20121212222047.jpg


ソースじゃなくて、あんかけでごめんね、先輩。

合掌。
[ 2013/12/05 01:40 ] 未分類 | TB(0) | CM(4)

なんだか身につまされるなぁ。
今年の初め、大先輩なんだけど親しくしていただいた
釣り友達、というか、あらゆる場面で世話になったかたを
癌で失いました。
暮れに入院して、一時退院までこぎつけた矢先、
退院手続き中に出血、帰らぬ人になりました。
1週間泣き続けました。
親族とかではこんなことなかったのに。
[ 2013/12/10 00:08 ] [ 編集 ]

>壽丸さんへ
今夜がお通夜、明日告別式でしたが、私は東京まで行けず仙台からのお別れです。
これまで身内ではジジババ軍団を見送りましたが、やっぱり若い友だちの場合は胸が痛いです。
先輩もガンでした。要再検査だったのに放置していたお馬鹿ちんで受診したのが遅すぎた。
悔しくて、悔しくて、もしタイムマシンに乗れるなら
去年の先輩を訪ねて「とにかく早く医者に行って!」ってお尻ぺんぺんしてやりたい。

この頃、もう友人を送る年になったのかとしみじみ感じます・・・。
コメントありがとうございました。
[ 2013/12/10 02:29 ] [ 編集 ]

うんうんうん。辛いね。
でも、笑顔の先輩に会えて、本当に良かったね!

anegoさんはじめいろんな人に会いたがった先輩はそこでご本人なりのお別れをしたんじゃないかな、大切な人たちと。
葬儀にかけつけてくれるより、ずっとずっと嬉しかったはずだし、何よりも会ったみんなにとってはずうっと「永遠の笑顔」のままの先輩だもんね。
お別れまで後輩の面倒見が良かった・・・かっこイイ先輩に、合掌。です。
[ 2013/12/10 14:13 ] [ 編集 ]

>みっちょんさんへ
そう、そうなんです。あのとき思い切ってお見舞いにいってよかったと思ってます。
忙しいからって先延ばしにしていたら、絶対後悔していたと思うし・・。
会った日の表情もだけど、帰り際にベッドからスッと伸ばしてくれた先輩の手に触れたこと
いまも不思議と感覚が残ってるんですよ。サヨナラのサインみたいに。

想いをたくさん残しただろうな、とか、もっと生きたかったよね、とか
考えても仕方ないことを考えてしまいます。でも、今は冥福を祈るのみ。
コメントありがとうございましたー。
[ 2013/12/10 19:09 ] [ 編集 ]

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